川上弘美 「ニシノユキヒコの恋と冒険」

川上弘美は好きな作家だ。かなり好き。女性の作家さんでは1番好きかもしれない。それは、言葉と言葉の間と、ユーモアのセンスとか、イメージを喚起させる文章、句読点の打ち方、そうした具体的なものから抽象的なところからのさまざまな理由で、好きだ。
まあ、ユーモアのセンス、という言葉自体に、ユーモアは皆無だけど。ユーモア大賞という言葉の響きのつまらなさは、確実におもしろさを微塵も表現していないけれど。でも、この人の会話文はすごいおもしろい。絶対、この人っておもしろいと思う。

んで、この本は、ニシノユキヒコという恋に生きようとして死んでいった男の人に関わった、10人の女の人からの視点で書かれた、それぞれの短編を集めたものなんだけど、ってすげーまわりくどい説明をしてしまったけれど、まあ、そんな感じ。
モテる男というか、優男というか、女たらし、というか、そういう何股もかけている、そして女性を心から愛せない、愛すのが怖い、という設定っぽいんだけど、なんか、その結果、川上弘美にしてはすごく生々しいというか、変にやらしい(エロいわけじゃなくて)話ばっかりだなあ、って感じがした。セックス描写がどうとかじゃないんだけど、今までなら、抽象的な書き方をしていたところ、すごい暗喩じみて描かれていたところが、どこか即物的というか、安易に書いちゃってるよなあ、って思った。うまく言えないけど。今回、あまり食べ物の描写が出て来ないところとかが、直接的な印象を受けた原因なのかもしれない。
例えば、二人でむしゃむしゃと無言のまま海老を食べていたら、どういうわけかおかしくなってきて、くすくす笑って、そして、そのままセックスをした。みたいなことだったら、案外リアルだと思うんだけど、そういうワンクッションを置くこともなく、するする、っと各章の主人公となる女性の心に、ニシノユキヒコという人物が飛び込んでくるので、いつもの川上弘美の作品に漂う雰囲気が壊された感じがして、結構戸惑った。あんまり楽しくなかった。
彼がモテモテだから、とかそういうことじゃなくて。

でも、やはり文章とか好きだな。とても染みこんでくる文章を書くし、読みやすい。この人の句読点の打ち方は、本当に読みやすいというか、頭に入ってくるというか、リアルな息遣いがしてくる。語り、というのは、こういうことなんだ、と思えるから。だから、余計に残念です。
こういう話じゃなくて、設定が、ぐにゃぐにゃしてて、曖昧で、抽象的で捉えどころがなくて、よくわからないうちに進む、けれど、すごい説得力のある作品をもっともっと読みたいなあ、と思った。