「世界のすべての七月」ティム・オブライエン

まあ、村上春樹が訳すものは、個人的にどれも外れがないので(春樹自身の作品に外れがあるとしても)、オブライエンだし、すげー楽しみにして読み始めたんだけど、これがまたおもしろかった。
分厚い本だけど、群像劇のような作りなので、読みやすかった。ぐいぐいと引きつけられて、最後まで飽きずにわくわくした。

オブライエンといえば、春樹の解説を待つまでもなく、ベトナム戦争の人、みたいなイメージがどうしてもあるし、本人もそれをある程度自覚的に引きうけつつも、たえずベトナム戦争、というものをテーマにしてきたし、この話でもやはりベトナムは、キーワードの一つになっている。かなり大きく。

本当の戦争の話をしよう、や、僕が戦争で死んだら、とかはかなりおもしろかったけれど、やはりヘヴィーだった。トラウマ、というと簡単だけど、ある衝撃的な出来事が人の人生をどれだけ損なっていくのか、もしくはどれだけ陰を落とし続けるのか、ということを考えさせられて、読んでいるとどよーん、とした気持ちになってくる。

で、この話は、いろんな登場人物が出てきて、その人にまつわる中編が次々に(全体の話も進めつつ)出てくる、という形をとっていて、もちろん、ベトナム戦争、というものはテーマの一つでしかないわけだけど、それでもやはり当然のように出てくるテーマ、ってのがこれこそオブライエン、って感じがする。さらに、他の人達の話においても、過去においてのとあるポイントが悲劇と喜劇の合間でぶらぶらーんとしていて、そのポイントから、どんどん損なわれていく人生、もしくは、そのポイントで、ある意味、終わってしまった人生、みたいな形が多いので、やはり、読んでいて、ぬめっとした感じは残る。
でも、それがとてもおもしろい。
リアルだな、とは思わないけれど、すごい力技で話を持っていって、ねじ伏せる、という印象。それがオブライエンらしい、気もする。春樹も解説で言ってるけれど、本当に、スマートじゃないし、すらすら、っとうまいことはまった、みたいな話の書き方をしないなあ、というか、上手ではないよな、と思えるから。それでも、すごい魅力ある小説を書くなあ、と、とても感激すらする。
なんか、雑というか上手じゃないなあ、って思うのは、女の人の話が上手じゃないとうか、あんまりしっくりこない、気がする。出てくる女の人の心理が、リアルじゃないし、すごく型どおり、とも思えるというか。
その点、女々しい男、みじめな男、救いようのない男、救いを求める男、そうしたものを書かせたらめちゃめちゃすごいというかおもしろいよな。とても引きつけられる。

ともあれ、読後に何か染みがこびりついたような印象を残す作品であることは確かで、様々な登場人物の話を一つにまとめてしまった力量というかパワーにただただ恐れ入るばかりだなあ、と思った。