「ゆっくりさよならをとなえる」川上弘美

ゆっくりさよならをとなえる (新潮文庫)
当たり前の話だけど、エッセイだろうが何だろうが、プロの作家が書いた文章は、その人のトーンというか呼吸というか、そういうものが意識的にしろ、無意識にしろ、にじみ出ている。だから、好きな作家の本は、中身がおもしろいかどうかは置いておいて、読んでいて落ち着くし、ホッとする。その文章や文章に染みこんだものの手触りは、いつだって同じだし、それが嬉しい。

川上弘美の書く文章がすごく好きだ。良く分からないし、うまく言えないけれど、彼女の文章の書かれていない部分、行間というか、独特の「間」の部分がすごく好きだ。しみじみしたり、じんわり胸が熱くなったり、切なく寂しくなったりする。時に、なんて人生は孤独なんだろう、と思ったりもするし、なんて人生は暖かいんだろう、と感じたりもする。そういう感情は少しも矛盾したり、ちぐはぐな印象はなくて、結局のところ、同じことなのだ、と思う。
そういうことを彼女の文章を読んでいると感じる。小説でもエッセイでもそれは同じだ。
なんだか、はぐらかされたような文章で、それでいてシンプルな言葉遣いで、何だかじわーといろんな気持ちを抱かせるのだ。そういう作家はあんまり多くない。

この短いエッセイばかりを集めた本もまた同じで、彼女の小説を読んでいる時と同じような心持ちになる。
そんな、まあ、なんていうか、取りたてて、どこがどうおもしろいとか、何の話題が良かった、と具体的に挙げるのが、逆におもしろみを損ねてしまうというか、この本の良さをずれたところで触れてしまうような、そんな気になる、まあ、なんていうか、素敵な作家の暖かいエッセイだなあ、ということです。