「<反>哲学教科書 君はどこまでサルか?」ミシェル・オンフレ

<反>哲学教科書

<反>哲学教科書

なんか、フランスで、哲学の教科書、として実際に使われているやつらしい。しかも、かなり異色の内容らしい。
って、まあ、それはページをめくってみたら、それはすぐにわかる。トピックスのタイトルが「君たちはなぜ、校庭でオナニーしないのだろう?」、「いつの時点から小便器は芸術品になる?」、「試験に受かるかどうかは星占いでわかるだろうか?」などなど、これを見ただけで、読みたくなる。興味があるよ。こうした、現実と照らし合わせたような哲学だったら、本当に興味がわくし、意味があると思う。意味、ってなに、とかそういうことは置いておいて、現実にフィードバックできない学問なんて、専門家じゃない限り(専門家であったとしても、そうじゃないのかなあ、と僕は思うんだけど、そうじゃない人もいるかもしれないし、それもこの際置いておく、って、置いておいてばかりだけども、置いておく)、必要ない。何の意味があるというのだろうか。ましてや、ほんとは、哲学って、学問、じゃない。はずだ。生きること、そのものであるはずなのに、哲学イコール、哲学史、になっているのが現状だ(これは本書の中でも言っているけれど、ほんと、その通りだと思う)。
もちろん、学校で学ぶ以上は、がっちりみっちりとした系統的な「学習」ってやつが必要なのかもしれないけれど、でも、だってさ、哲学だよ。哲学。哲学なんかに限らず何でもそうだと思うんだけれど、何かについて知ろうと思った時に、そして実際にその何か、というのに取り組んだ時に、自分の生き方、もっと言えば自分自身、に重なることがなかったら、自分にフィードバックできないのなら、そうしたことに何の価値があるのだろう、って思う。本気で思う。もちろん、学んでいることが、目的に、になってしまうのは、もっと違うんじゃないのかな、と思う。

だから、少なくとも、僕は、誰がどんなことを唱えた、とかは、ほとんどどうでもいい。と思う。知りたくない、というのではなくて、そういう先人の(優れた、もしくは過去には機能した)考え、というものに触れて、それを通過させた後に、肯定でも否定でもなく、自分はどう考えるか、ということだけにしか興味が無い。そして、そのどう考えるか、というのは、読み終わった直後に、こうした問題は、どうなんだろう、というのではなくて、普段、自分が生活してく中で、自分の生身の考え、そういうのが、自然に出てきた時に初めて、本で読んだもの、とかが、生きてくる、しかも、自分というフィルターを通しているので、それは、受け売りでもなく、自分自身のものであるし、これは誰々の意見に被るな、誰かが言ってたな、と自覚してないくらいに、自然と浮き出てくる、というくらいまでに完全に自分自身に還元できている、という状態でなかったなら、本当に、それはただのお勉強なんじゃないか、と思う。

ここで言っているのは、立派な人間になるために、というわけじゃなくて、どう濃密な時間を過すか(書いてて恥ずかしい)、というための方法でしかない。えらくなりたいわけじゃない。自分が、どうなりたいのか、何が楽しいのか、それを考えながら実践していくための手段でしかない。哲学の本を読むということが目的なわけじゃないし、そんなものには興味が無いのだ。僕が言いたいのは、単に、自分で楽しく、充実した時間を過していく、ということだけを求めているわけで、そのために、この本を読むことと、他の漫画や小説を読むことに、何の違いも無いのだ。そこで意味があろうがあるまいが、何かを感じること、こうしたことが、自分に還元できるんじゃないか、できたらいいな、まあできなくてもしょうがないよな、また別の何かをしよう、というだけのことだ。

というわけで、この本は、先ほどの、トピックス名からも分かるように、非常に身近な話題で、興味がそそられる。そういう面からアプローチしていて、そこで展開されている話も、決して押しつけじゃないし、各ブロックの終わりには、古いものから新しいものから、様々な角度から述べられた書物の引用がされていて、それもおもしろい。そこにあるのた、ただの系統的な哲学史、ではなくて、並列な、引用でしかない。
相対が正しいわけではなくて、相対的なものを前にして、それをどう受け取るか、が1番大事なんじゃないか、と思うわけなのだ。

まあ、ほんとは、これを読みながら、そんなことを考えていたわけじゃなくて、うーん、夕飯手巻き寿しがいいなあ、とかそういうことばっかり考えていたんだけど。そして、それでいい、と思う。なんていうか、そのことでさえ、本を読みながら、多分、読んで感じたことを実践している、わけだから。
なんていうか、手巻き寿しと、誰でもいいけど、例えば、プラトンの距離、って全然遠くないんじゃないか、って思うよ。僕にしたら。プラトン本人にしたら、あまりに遠いんだろうけれど。でも、プラトン本人と、果物の距離は、近いんじゃないのかな。そういうことなんじゃないかな。
言ってて、全く意味わかんなくなってるけど! 
そして、手巻き寿しはおいしかったんだけど。それでいいじゃないか。フィードバックできているかどうかなんて、誰にもわからないんだから。だからこそ、僕は、常に、求めるのだ。